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滅びた里から捕縛されゆく人は別に珍しくもない。奴隷にするのも、殺していくのも、取引に使われるのも、好きにしていいのだ。
私はそのような覚悟をして忍者の里へ連れられてきたのだが、青年は一向に私を傷つけようとはしない。
それどころか、囚われの身である私に対してとても優しく接してくれた。
青年は里の者によく慕われていた。
ひとつの里を滅ぼすほどの強い力を持っていながらも、ひどく儚げな青年だった。
誰にでも優しく温厚に接していて、見ていてとても私を攫った青年とは思えなかった。
誰にでも好かれていた青年。
もちろん、私も例外なく惹かれていった。
それが数年経って、私は青年の妾扱いにされ、奥に篭るようになった。
攫われた身なのに、何故、と思いはした。だけれど、私は妾扱いにされるのを悪い気はしなかったし、青年の近くにいられる事がこんなに嬉しいとは思いもよらなかった。
このままでいられたら幸せだろう。
このまま、永遠に。
そうしてお腹に二人の子供が宿った。
お腹の中の赤ん坊がすくすくと育ちつつある冬の出来事。
一人の少女が私の部屋に訪れた。
少女は庶民の子供らしく、服がみすぼらしく汚れており、髪はぼさぼさだった。
どうしてここに子供がいるのか、私は不思議でならなかった。
「どうしたの?」
出来るだけ優しく問いかけた。ここは里長の屋敷だ。子供だからといってただで入れる場所ではない。奥の離れならば尚更だ。
少女は私の問いに答えず、ずっと私の方を見て、ようやく口を開いた。
「そなた、『混』の玉を持っているね。そなたは全神だ。迦楼羅は誰だ?」
素っ気無いような、無機質な声色。子供らしく見えず私は呆然としたが、ある言葉に驚いた。
「全神? 私が?」
全神という言葉を聞いた事がないわけではなかった。しかし、伝説上の人物だ。神様の願いを叶え、皆に好かれていた昔話の存在。その全神が私だと言われても、さっぱりだった。
「玉を持っていることは否めないけれど、どうしてそのことを知っているの?」
私はここに来て、初めて懐に玉があるのに気が付いた。そのまま捨てる気にもなれず、そのまま肌身離さず懐に入れたのだが、何故か少女には見破られたらしい。
「玉は全神の象徴。そして迦楼羅と繋ぐ唯一のもの。そなたが大事にしているあたり、迦楼羅はそなたの傍にいるはずだが……どうやらそなたの迦楼羅はそれが分かってそなたを引き取ったようじゃな」
「……相模さまのこと?」
「相模、か。……なるほどな」
少女は納得したようにその場に座り込んだ。
大丈夫なのかと聞いて少女は首を縦に振った。うなずく所が、まだ子供なのだと思わせた。
「どうしてここに来たの? 名前は?」
「綺羅。私もまた、そなたと同じ全神じゃ。玉は持ち合わせておらぬがな」
少女がそう言ったあと、戸が唐突に開けられた。やってきたのは青年、相模だった。
まず座り込んだ少女を見て、しばらくしてから私を見た。その表情はどことなく硬かった。
「……この子、もしや全神なのでは?」
「わ、わかりません」
正直に答えると、青年は少女を見やる。視線に気付いた少女は頷いて肯定の意をとった。
その時の青年の表情は、私が見た事がないくらいに悲しげになっていて、心が締め付けられそうになる。
「君は、何故ここに?」
「お前が相模か」
青年の問いを聞いていないのか、傲慢そうに逆に問いかける。
「……そう、私が相模だ」
「しばらく私をここに泊めてはくれぬか?寝る所を失ったのじゃ」
「その前に、ここにいる理由を知りたい」
青年はしつこく理由を尋ねた。少女は訝しく思ったのか、それでも青年の問いにやっと答えた。
「己の目的を、果たすため」
「……」
目的……、とそう小さく呟き、また淋しそうな表情に戻る。少女、綺羅の言葉にどのような意味が含まれているのかさっぱりわからない私は呆然とするしかなかったが、青年はその後いつものような優しい雰囲気を取り戻して宿を提供した。
「柳」
深夜、訪れてきた青年の表情に陰りがあった。原因はあの少女にあるのだろうと、少なくともそこまでは察知できた。
「いらっしゃい。どうしたのですか?」
「話があるのだ。長い話になる。中に入ろう」
「前世の記憶があるといったら、柳は私を軽蔑するか?」
私は目を瞠った。前世の記憶があるというのにも驚いたが、それよりも私に少し怖気付くように見ているのが信じられなかったのだ。
青年は私を頼ってきている。そう思うと、気持ちが晴れた。
「いいえ」
そう断言すれば、安心してくれるだろうか。
青年は安らかに笑い、そして私の手を握る。
「綺羅と名乗った少女は、前世の私に慕ってくれた少女に丸写しなのです。以前慕ってくれた少女もまた、全神でした」
そこで青年は一息をつく。
「綺羅は以前、榊という名前の巫女だったのです。そして私は正真正銘の神の生まれ変わりです」
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