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顔色を変え飛び出して行ってしまった九卿を見届けた閑は、これでよかったのだろうかと自問した。
閑の片割れは、幼いころから幽閉されてしまっていた。本来なら打ち首にされてもおかしくない状況だったのだが、全神であった柳の一言で斬罪を逃れた。それでも、片割れの罪は重い。
片割れが幽閉された原因となったあの出来事を思い出すと、閑は今でも身が震える。
片割れは、強かった。
強くて、閑以上に執着しない性格は、まさに父親譲りだと誰かがぼやいていたものだった。
だが執着しないがゆえに、あんな出来事を起こしてしまったのだ。己の感情に身を任せてしまい、その強さを見せて人を殺めてしまった。それまでは当主の座は双子の二人で分けるのがいいと、誰もが賛成していたのに、いつしかそれもなくなってしまった。九卿が女であるにもかかわらず次期当主候補として出されたのは、片割れが幽閉してしまったからだろう。
あの強さは諸刃の剣なのだ。
だれよりも強い片割れは、きっと他国にも名を轟かせることができるだろう。この里ももっと治安の良いものになるかもしれない。
だがそれと同時に、長老たちは自分の身が危ういと察したのだ。なにしろ、片割れが殺めてしまったのは一番年を召した長老だったのだ。
長老たちは、自分たちの命と里の治安を天秤にかけ、前者をとった。そして長老を殺めた双子として閑を謙遜し、当主の座から遠ざけるつもりなのだろう。
――――そういうわけにはいかない。矢彦には、当主になってもらわねば。
自分が当主となる気がないのは、あの強さを目にしてしまったからからだ。自分よりも強い者を尊敬せずして、自分が上に立つのは許されない。それは古くから受け継がれている忍者としての志だ。
『自分が守りたいと思った者を守ればいいのよ。本来の忍者はそういうもの。そしてあなたのお父さまは自分の里と、あなたたちを守るために亡くなられた』
あの母の言葉がなければ、今頃自分は片割れを当主にさせようと躍起になっていなかっただろう。
自分は執着するようなものを持っていない。
だがそれと同じくらい、我儘なのだ、きっと。
『桜、あの黒の屋敷には足を踏み入れてはなりません』
幼いころからそう言われていた。どうしてか、私はそれを不思議と思わずに、それが当たり前なのだろうと日常として過ごしてしまった。
今思えば、あれは牢屋なのだよと誰も言わなくても、少し考えれば分かるものだった。
どうして今まで考えるということをしなかったのだろう。毎日毎日当主になるために稽古を続けていたけれど、強くなっただけで中身が空っぽのように感じていたのは度々あった。それでも、長老の言うことを聞いていた。
――これじゃ、まるで長老の傀儡みたいだ。
今は、昔とは違う。そんなのはまっぴらだ。
今ならあの言いつけも破ってやることができる。
牢屋は一見、普通の建物と変わりない。ただひとつ違うのは窓の配置が高いというだけ。だが食料庫も同じような配置をしているため、常に人が通らなければまさか牢屋だとは思うまい。
牢屋の建物を回りこむと、入口らしきものが目に入った。見張りが立っているのかと思いきや、誰もいなかった。用を足しに行ったのだろうか。何にしろ、これは絶好の機会だ。
忍び足で中に入ると、がらっと空気が変わった。雪のせいで室内がじめじめしているのだろうが、これは異常じゃないだろうかと桜は疑う。そうして見渡しているうちに、目的の人を見つけた。
「……閑…?」
桜は今までに双子という存在を知ってはいても、それを目にしたことはない。だから目の前にいる人物が閑とまる写しという事実に驚いてしまった。
双子とは、なんと恐ろしい。
閑の片割れという彼は、壁に背をもたれ、静かに目をつむっていた。これ幸いにと長閑に似た顔を見つめた。
閑と違うところを挙げれば、無造作に広がった髪が目の前にいる人の方が長いというところだ。はたしてよく見ると、そのほかにも違うところが所々見当たる。
よかった、と桜は安心した。閑と同じ顔と話すのは苦手だったから。
まじまじと自分の体を眺められ、何か不審なものを感じた彼は悠々と目を覚ました。
「まだ夕餉には早いだろう」
声は、まだこちらの方が高い。声変わりをまだ終わらせていないのが分かる。
「そう、まだ早い。日が暮れていないのだもの」
「誰だ?」
ぼんやりとしていた視線がようやく絡まった。どうやら、目の前にいる人物が普段とは違う人物だと理解できたようだ。
「あなたは前当主の子息と見受ける。閑の片割れなのでしょう?」
「お前は誰だ」
「私の母は柳。閑とは兄弟になる」
兄弟だ、と断定できなかったのはそれが本当の血筋でないからだ。そして相模とはかかわりを持たないので、わざと柳の名を使わせてもらった。実際に、今の母は柳なのだから嘘はついていない。
「私は九卿」
名乗った瞬間、相手は興味を失くしてしまったのか桜から視線を外す。
閑の言う通り、無頓着な性格のようだ。
「あなたはもはやこの里には存在しない人物だと思われている。それでもいいの?」
「俺は死んだ人と語られていたか?」
「……そうではない。あなたの存在自体が抹消されていた。私も気がついたのは、閑が親切に教えてくれたから」
くっ、と彼は嘲笑した。
「俺の弟にすら隠し通すとは徹底だな。それでいてこそ、長老だ」
桜は混乱した。
悔しいとは思わないのだろうか? 長老を憎いと、そう呟くことをしないのだろうか?
自分がその立場だったら、長老たちを恨まずにはいられないだろう。
ふと、桜は彼のことが気になってしまった。
「あなたの名前は何?」
「……教える義理はないと思うが」
「弟すら隠し通せなかった閑に免じて、教えてやろうとは思わない?」
「閑が親切に教えてくれたんじゃなかったのか?」
まあいい、と彼は他人事のように呟いた。
「俺は矢彦。もう随分前にこの場所へ幽閉された」
2008.05.17
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