遊曲/ディヴェルティメント




 僕はシスコンだったのかなと後で悩んだ。けれど、今はそんなことはどうでもいい。
 とにかく千結姉さんが心配だった。影からいっぱい見守って、それでも崩れる様がなんとも悲惨で。
 兄弟なんだから心配するのは当たり前だと思っていた僕は、千結姉さんが倒れたときの、お兄さんたちやお姉さんたちの冷たい反応に冷や汗をかいた。
 どうして。
 どうして助けてあげないの。
 ねぇ、お兄さん、お姉さん。
 唯一、一番上の姉さんが目を寄せるだけだった。
 そのとき僕は悟った。
 僕が、一番に心配しないと、千結姉さんには何も残らない。
 そして僕も。
 千結姉さんを取られると、何も残らないだろう。
 だから、心配せざるを得なかった。
 兄弟で一番可哀想な、残酷な千結姉さんを。








「はーやとっ」

 逃げるように去っていった千結の弟を捜し続けて三時間、屋根の上で鳥たちと戯れているちっぽけな影を見つけて私は声をかけた。
 バサバサッ
 鳥たちは一斉に隼人の傍から飛び立ち、やがて見えなくなった。

「うぅむ、隼人は動物と話すのが好きなのかね?」
「……僕は話せないよ」
「え、さっき笑っていたじゃない」
「ただ鳥が面白いことを入ったような気がしたから笑っただけだよ。…それに僕は鳥以外の動物は正直苦手なんだ」
「へぇ…」
「動物が好きなのは、一番上の姉さんだろう」
「長女、ね」

 それにしても、どうして『一番上の姉さん』なんて、ややこしい言い方をするのだろう。いや、ややこしくないのかもしれないけれど、長女以外の分家の子供をあまり理解していない私にとってははた迷惑だ、といいたくなってくる。千結は三女みたいだけれど、幸い隼人と年が近いせいか、『三番上の姉さん』なんていいかたしてくれなくてほっとしていた。『二番下の姉さん』なんて言っていたらさらにわけがわからなくなるところだ。

「千結姉さんは、力がなくなることを望んでいた。そういったんだね、本家?」
「そうよ。了承得るのはすごく早かったんだから。というか、本題はいる前に了承してくれちゃったのよ」
「いいよ」
「だからてっきり隼人も……って、え?」
「いいよ、ってんの」
「あ、ごめん。あんたにとっていやな事に了解取った千結が…」
「そういう意味じゃなくて、僕も手伝うっていってんの」

 変わらず俯いて呟く隼人に、私は驚きを隠せなかった。
 だってさっきの数分までは頑固に否定していたのよ?

「どういう吹き回し?」
「僕が手伝うっていったらそんなに怪しい?」
「なんつーか…、でも千結の名前が出てから態度が変わるのはどうかと。なんかシスコンみたいな」

 外見からではそう見えないかもしれないけれど、よく思えば隼人は千結のことを案じているというのか、言うことを聞く子犬状態のような感じだ。

「よく気づいたね。まぁ周りから見ればシスコンにも見えるんだろうけど」
「ん?シスコンじゃないの?少なくとも千結はブラコンではないということは確かなんだけど。だってあっけなさそうだったし」
「お姉ちゃんっ子=シスコン、というのなら、その答えは『ノー』だよ」

 屋根に残された鳥の羽をいじり、隼人はふわっ、とそれを投げた。風がないせいか、軌道が大きくそれることなく、そのまま下に落ちる。

「運命だといったら、信じるだろうか?」
「はぁ、運命、ねぇ」
「僕は千結姉さんを気にかける運命だったんだ。そうでなければ誰も千結姉さんを無視したりなんかしない」
「無視なんかするの、兄弟なのに?」
「7人いるんだから、それぞれだろ。それに僕だって簾(れん)兄さんや花(かずら)姉さんを気にかけたりしない。僕は無視するだろうよ、あの人たちを」
「どうして」

 いきなり出てきた残り5人のうちの兄弟の名前が出てきて、少し混乱する。まだ全員の名前覚えてないんだって。

「僕が入ってはいけないんだ、あの二人の間に。それと同じで、僕と千結姉さんの間もそうなんだろうと思うよ」

 投げた手をそのままに、隼人はそう呟く。
 ただの7人兄弟かと思えば、どうやらそうではないらしい。精神的に受け付けない事情でもあるのかと思う。ややこしいったらこの上ない。

「で、なんで無視したり出来ないわけ?その簾とか花とかみたいにさ。別に長女みたいに陰険な雰囲気があるわけでもないんでしょう」
「事情も知らないくせに知った風な口をするな!」

 いきなり、怒鳴られた。

「おまえの、全てお前のせいのくせにっ…!なんで無視しないか、だって?ハッ、そりゃ無視できないからに決まってるだろ!本家のせいで壊れた千結姉さんを無視する方がいかれてる。お兄さんも、お姉さんも全員おかしいんだ。たった一番上の姉さんだけが少し同情してくれるだけだ。それも、慰めなんかじゃなくて、ただの同情。そんなちっぽけな扱いをされて方っておけるはずがないだろう?!だから、僕は…!」
「運命だと思うわけね」
「……」
「同情して、たとえそれが出来なくても慰めて、千結の負担を軽くしようとしたんでしょ?それって最初から庇う気満々なんじゃん」
「…何がいいたんだよ、楓」

 あ、名前を言ってくれた、と喜びたいのだけど呼び捨てか、と落ち込んでくる。

「運命なんでしょうね、アンタと千結の間柄は。兄弟に何を言われようが、アンタは最初から千結を庇うつもりでいた。まぁ原因が私だって言うんなら申し訳ないと思うけど」
「あっけない」
「ごめんね?」
「そんな簡単に謝らないでくれる?やっぱり本家のせいじゃないかもって思えてくるかもしれないから」

 って、そんな落ち込むように俯かなくて良いんだけどさぁ。

「私何したか記憶にありませんよ?お父さんが何かしたんならやっぱ本家のせいなんだ、とうたがってもいいけどね?」
「いや、きっと違うだろう」

 何を覚悟したのか、前を睨みつけるように正面を向いて隼人は、しっかりと言葉を放った。

「一番上の姉さんが僕たちに、そう思い込ませたんだ」









 そして隼人という仲間を得た私はひとまず屋根から下りて、千結を捜した。私と同様に隼人を捜しに出て行っているのだから、ここにいて向こうからやってくるのを待つのも良いかな、と思ったけど、相変わらず分家の敷地(元は本家のものだったらしいけれど、お父さんが譲ったらしい)が広いのでこちらからも捜すことにしたのだ。

「あのちっこいの」
「ん?」
「あの変な生き物、って何なの?」

 隼人は眉間を寄せて聞いてきた。
 変な生き物…ってセレナのことかしら?

「セレナ。本人が言うには妖精らしいよ」

 本当に妖精なのかは疑わしいけれど、透けるような脆い羽を持っているのだからそうなんじゃないかと思う。そりゃあ最初私だって妖精って信じなかったけれど、実際にちっちゃいし飛んでるからなんともいえないんだよね、これが。

「妖精…?どこかで見たことあると思っていたんだけどな」
「隼人って、妖精見たことあんの?もしくは過去のセレナを?」
「いや、ない。でも懐かしいというか…、あったことあるかなぁと思うだけだよ」

 うぅむ、と本格的に悩みだした隼人。そんなの気のせいなんじゃないの?と言おうとした時、その本人の声が聞こえた。

『まぁあるんじゃないの?2、3回くらいは』
「セレナ?」

 背後に不自然に浮くセレナを見る。

「会ったことあるの?隼人に?」
『さぁね』
「さぁね、って記憶があやふやとかまたそんな弊害でもあるの?」
『さぁね』

 どうやらそれ以上過去のことに口を開くつもりはないらしい。セレナはそれよりも、と私たちをどこかへと促そうとする。

『まぁた変な奴が出てきたわよ、楓。今度は幼いやつ。闇の奴らって、あたしたちを馬鹿にしてんの?って聞きたくなるわよ、今回のは特に』
「はぁ?変な奴って…追っ手とか…?」
『それ以外に何があるのさ。…でもよく見つけられたわね、って感じよ?前の奴等をぶちのめしてから日がそんなに経ってないもの。なんかね、だんだん追い詰められる速度が速くなってきているような気がするんだけど』
「きっと、今回は別の用なんだろ。風の雰囲気がいつもと違う。緊迫とした表情だ」

 途中で隼人が割り込み、あっけからんとした態度で言った。
 隼人の言っている意味がわからず、私は首をかしげる。風に表情、っていってるけど、さっぱりぷーだし。

「つまり、今回は父さんの命令できた、ってことかな」
「……ハァ?」
「楓なんか興味ありません、ってことだよ。僕と千結姉さんという裏切り者を殺せ、って来たんだろうよ」

 ……父親が、実の子供にそんなことをするの?
 しかも、隼人はそれに傷ついた様子もない。

 一体、どういう神経してんのよ、あんたたち…。









「おねぇちゃーん、お母さんの情報見つけたよっ!」
「そう」
「あのね、やっぱり黒い建物に入って、それきりみたい。もう10年近くなるのかな、お母さんがいなくなって。だから、10年くらいあの建物から出てないんだって」

 あのたてものにずっといるのかなぁ、と呑気に笑う妹に、私は笑って返した。

「そうね」

 あの建物の中は、もう検証済みだ。母は、いなかった。それどころか母のいた痕跡でさえ、あるのか疑問に思う。だがこの妹がそういうのならあの建物に入ったのは確かだろう。捜しのエキスパートがそういうのだから、入ったに違いない。けれど、問題はその先にあった。

「何処に消えたのでしょうね?」

 母は、ここへ来て突然消えた。何の跡形もなく消えるのは至難の業なのだが、母はそれをやってのけたとしか考えられない。
 私は目の前の黒い建物を見上げる。
 つられて隣の妹も顔を上げたのが気配で分かった。
 黒いコンクリートで四角に覆われているその建物。窓は左右に二個ずつあって、部屋は二つしかない。もちろん、一階建てだ。そして中は牢屋みたいに石詰めにされた部屋と、その部屋の中を見るための部屋がもう一つある。母は、おそらく石詰めにされた部屋に入ったのだろう。そこで拷問をされた跡はないのだから、殺されたとは考えにくい。

「そういえば、ね」

 妹は思い出したように言った。

「お母さん、入るときは誰かと一緒だったんだって。でもお母さんは出てこないで、そのもう1人の人は一日ぐらい経ってから出て行ったみたいだよっ?」

 初耳だ。

「棗(なつめ)、そのもう1人の人物の特徴は?」
「んぅー、待ってぇ……。へぇ、……うん、うん。あのね、おねえちゃん、真っ黒いマント着て、黒髪の男みたいだよ?なんか、お母さんと手をつないで入ったみたいだけど。…あ、違う?引っ張られた?そんな感じみたい」
「有難う」

 私は直感で悟った。
 黒いマントに黒髪。そして母と知り合い。

 わかる。その相手は、



 父親だ。


back  top  next