詩曲/バラード




 それは、私が縁側でぼーっとしていた時だった。

「莫迦だね」

 後ろからそんな風に声をかけられ、私はこけそうになった。なんでいきなり莫迦とか言われなきゃいけないのよ。
 聞こえなかったフリをしようとしていると、また声が聞こえた。

「莫迦なんだろう?」

 キッと、後ろを振りかえりながら睨んだ。目の前には、少年。

「僕は隼人」
「あ、そ。んで?」
「分家の三男」

 ご丁寧にも、名前と分家であることを教えてくれた。私はまだその子を睨んだまま、言った。

「それでなんで私が莫迦になるの?」
「逃げないから」
「はい?」
「逃げないからだよ」
「何に?」

 いけない。分家のものとは話が合わなさ過ぎる。この子の兄姉も話が合わなかった。唯一合ったのが長女だけなのだから、まったくもって腹立たしい。

「さだめから」
「さだめ?」
「話がかみ合わない。莫迦だ」

 な、なんなんだこいつ!合わないのはあんたのせいなんでしょうが!
 もう私はその子とは顔をあわせたくなかった。意味不明な言葉をぶつけるからだ。

「ふふっ、あははははっ」
「……」

 いきなり笑い出した。大丈夫だろうか。

「あはははははははっ!」
「もう、なんなのよ!」

 無視しようかと思ったのだが、このままほうっておけば、ずっと笑い続けるだろう。それは癪だった。何よりも早く消えて欲しかった。

「それで?」
「ねぇ、逃げたら?」
「主語とか、そんなのつけて欲しいんだけど」
「あははははっ!」
「うるさいなぁ!」
「やっぱり莫迦だね」
「どうしてそうなるの?!」

 少年は声を出して笑うのを止めた。それでも笑顔でいる。

「どうして主語とかつけなきゃいけないの?わかりきったことじゃないか」

 わかりきった?

「逃げなきゃいけないのは君だよ、本家の者」

 話が、見えてきた。

「……どうして、逃げなきゃいけないのよ…」
「何度言わせる気だ?」

 もう、わかった。この子のいいたいことが。それでも疑問の声は遠慮なく出てくる。

「本家は分家よりつらいんだろうね。どうしてそれから逃げないの?」

 それ、とはつまり。

「さだめから」

 運命。



 わかってるよ。私は莫迦だよ。
 運命からどうして逃げられないのか、って?それもわかりきっているじゃないか。
 逃げたくても逃げられないんだよ。神の家系であることを否定できない。その運命から。



「やっと自分が莫迦だって気づいたの?それはあまりにも遅すぎるよ。ふふっ」

 うるさい。
 だまっていなさい。
 私が逃げようとしたって、それは全部無駄だっていることがわかっているんだから。
 アンタだってそうでしょう?
 それをわかって莫迦って言っているだなんて。
 アンタ、性格悪いわよ・・・

 分家の三男、隼人。









『くるよ』

 一番上の姉さんはそう呟いた。実際には千結姉さんに言ったのだが、呟いたという表現のほうが正しいかもしれない。まるで千結姉さんがいないというような態度で、それでも千結姉さんに忠告をしていたんだ。
 僕は動かなかった。いや、動けなかったんだ。
 一番上の姉さんは本家が『くる』ということを千結姉さんに告げた。それは、ある意味忠告というよりも、警告の方が言葉としてあっているのかもしれない。本家が『くる』こととは、分家に惑わしモノが入ってくることと一緒だったのだから。その惑わしモノは、千結姉さんの命を狙うのかもしれない。それを一番上の姉さんは恐れていた。今はあまりしゃべらなくなったこの二人でも、一番上の姉さんは千結姉さんを一番に心配していた。弟妹の、誰よりも。
 それはどうして?
 そんなの、わかりきっている。
 千結姉さんは、昔はあんなふうな態度をとらなかった。あんなふうに、常にボーっとするような人ではなかった。時々、どこを見ているのかわからないような視線をこちらに向けたりする。それを見ると、僕はとても辛くなった。今すぐにでも千結姉さんが消えてしまいそうになって。その千結姉さんがそうなったのは明らかに本家のせい。一番上の姉さんは千結姉さんが本家と接触するのを嫌っていた。それもそうだ。一番上の兄さんが本家に殺されそうになっていたのだから、その被害が他の分家にうつらないようにと体を張って守っていた。
 それなのに。
 千結姉さんは何かの『夢』をみて壊れてしまった。
 何の『夢』なのかは知らない。でも、誰かが死んだということはわかった。それも、神の家系である人間。それは僕たちのことかもしれない。千結姉さんはその夢を見て、物怖じしだしたのは確かなのだ。
 一番上の姉さんはもしかしたら『夢』ではなくて、『現実』を見たのかもしれないと言っていた。本人は意識ないのかもしれないけど、あのときからの千結姉さんは本家のことをよく口に出すようになった。一番上の姉さんが本家の悪口を言う度に千結姉さんは違うと否定した。
 いったい何があったのか。本人も知らないというのに、僕たちが知るわけがない。それでも、予感はするのだ。千結姉さんの身に何かが起こったのだと。
 それは、分家の中でかけ離れた千結姉さんの宿命だと思うことは罪なのだろうか……








「ただいまー」

 分家の家から少年の声が響いた。千結と私は顔を見合わせて、こそっと耳打ちした。

「隼人だわ。もうこの時間、ってことは始業式が終わったのかしら」
「遊ばない主義の弟ね。それかお姉ちゃんが心配なのか…もっと二人で話したかったのだけど」
『そうも言ってられないんじゃなくて、二人とも?』

 呆れたようにため息をついて、セレナは廊下を覗き込んだ。覗き込むよりは、頭だけぽっかりと幽霊みたいに出していた。

『あーくるくるー』
「うわぁ!」

 ドシン、と尻餅ついたような音が聞こえて、私たちは顔を見合わせる。今の、絶対セレナにびっくりしてこけたんだわ。
 それを二人(正確には一人と一匹)にもわかることであり、セレナは眉をひそめながら私のほうへ戻ってきた。

『私を見て驚くなんて失礼だと思わない?』
「だれだって驚くと思うわよ、妖精って本来は存在しない生き物なんでしょう?」
「隼人はそれを誰よりも信じる男の子よ。私が証言できるわ!」
「千結姉さんは黙ってて」

 憤慨した声が聞こえたかと思うと、襖に手をかけた男の子が立っていた。ずいぶんと幼らしい。まだ中学に入ったばかりなのだっけ。

「誰、あんた。どっかで見たことある」

 見知らぬ人がいて去っていくのかと思えば、堂々と私にそんなことを言ってのける。さすがは分家の者。厄介者ばかりで私は苦労するわ。

「たった一人の本家の娘、楓」
「本家?」

 目を瞠らせて、隼人は私のほうに近づいていった。

「どうしてここにいるんだよ。逃げたんじゃなかったのか?」
「生憎、どうしようもなかったわよ。逃げられたとしても追いつかれるばかり」

 実際には逃げようとも思わなかったのだけど。

「それなら今までどこに行っていたんだよ」
「さぁ、お父さんの後を付いていっただけ」

 お父さんは、既に数年前に死んだのだけどね。でもそれまではお父さんについていったことは確かなのだから嘘はついていない。

「でもね、運命は終わる。私の代で終わらせるわ。そのために分家の力を借りようと思って、ここに来たの」

 肘を突いていた腕を外して、私は歌うように慣れた台詞を言う。
 大丈夫。分家の者がもしこれに反対しようとしても、千結はちゃんと味方をしてくれるはずだから。
 もう、一人ではなくなるのだから。
「闇を潰すだけなら、嫌だけど。お前は何をしようとしているんだよ?」

「この家系に、終焉を」
「それだけじゃわかるわけないだろう。大体僕、まだ中学生なの。それに巻き込むなら親の許可も必要だろ?僕の父親に言ったのかよ」
「何よ、言うわけないじゃない。そんな命とりなことはしません!ただ神様を探すだけよ。運悪ければ闇のやつらにぶち当たる、それだけを言おうとしているのよっ」

 父親に言え、だなんてこの子はなんてありえない事をいうのだ。この子の父親が例の『闇のやつら』だというのに!
 隼人は聞く気があるのかと疑いたいほどに、素っ気無い態度で答えた。

「ふぅん。で、それは僕たちに何のメリットがあるわけ?」
「神の力が使えなくなる。本望でしょう?」

 突然、隼人が大笑いした。

「隼人っ」
 千結が腕を引っ張って止めようとすると、隼人は笑うことをやめた。
 不思議。隼人は第一印象が親不孝者に見えたから、千結の言うことを聞くとは思わなかった。でも私を二度も嘲笑したことは許せないわ。理由があればそれを先に言えばいいのに、莫迦みたいだと笑うから、今すごく気分が悪い。

「隼人、ただ神を捜すだけよ。危ないことなんかないわ、多分」

 多分って・・・でもね、千結。危ない事なんかないというわけでもない。この方法が一番効率がいいだけに危ないこともたくさんある。
 『闇のやつら』と戦うことなんか目に見えているのよ。
 そしてそれはあなたたちにとって父親と対峙すること。
 私にとって神を捜そうとすることが本当の目的だけれど、『闇のやつら』のことも目論んでいるとは思えないでしょうね。
 たとえ長女であっても、それはわからないはずよ。
 否、わからなくさせるもの。








「弥生」

 低すぎないテノールの声に、一人の少女が動く。

「制裁を」

 せいさい?

 少女は知能が低いせいか、テノール声の持ち主の言うことがわからないようだった。
 テノール声の持ち主は怒ることもせず、ゆっくりと語るように少女に教えてやった。

「悪いことをしたやつに罰を与えることだよ」

 少女は納得したような顔をテノール声の持ち主に向ける。

 だれに?

 無邪気な声が響き、普段はうっとうしいだけの存在が笑っている。
 テノール声の持ち主は表情には出さずに、何も知らない少女を一瞥した。

「本家に関わってしまった、裏切りの私の子供にだよ」

 こども?

 副長にこどもなんていたんだ?

「いたよ」

 テノール声の持ち主、即ち『闇』の副長は声には出さずに、嘲るように笑った。

「出来の悪い子供たちがね」

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