協奏曲/コンチェルト
ガサリ、と何かが動いた気がする。びっくりした様子も無く、ごく自然に私は振り向いた。
そこには目を赤くした小学生の女の子がいた。分家の子だろうか。でも見たことがない。もしかしたら分家の長女が会わせたくないといっていた子かもしれない。7人いるはずの分家はまだ4人しか見たことが無かったからだ。
「だれ?」
分家の子供とはわかっていても、誰が誰だかわからなかった。名前を覚えるのが苦手な私のことだから、聞いても忘れるのだろうけど一応聞いておこうと思った。でも女の子は黙ったまま私を睨んで、私の質問に答えてはくれなかった。
「だれなの?」
もう一度聞くと、やっと女の子は口を開いてくれた。
「夢を見たの」
ゆめ?ゆめ、って名前なわけ?違うだろうと思う。でも意味不明なことを言い出すこの子が悪いのだ。
「どういう夢だったと思う?」
知らないわよ。何でそんなこと聞くわけ?心の中で文句を言いながら女の子を睨んだ。
「教えてくれたの。こんなに苦しいのはすべて本家がいるからなんだって。あなたがいるから私はこんな思いをしなきゃいけない…」
ふぅん。私はそうやって答えた。でも心の中ではまたか、と思った。
この子も同じだった。分家のものは私を軽蔑するのだ。長女から始まってこの子で5人目。きっとあとの2人も同じような気持ちなんだろう。でも私はどうしようとも思わない。そのままほうっておく。
恨みたいなら、恨めばいい。私はそれを受け止めてあげることができるんだから。
「あのね」
女の子は話を続ける。うん、と相槌を打つ。
「月葉がいなくなる夢を見たの。誰かは知らないけど、力を持つ月葉の子が死ぬ夢」
「セレナー……」
『もういいよ、言ってあげて。要は闇のやつらに伝わらなきゃいいんだから』
「わかった」
もう一度千結に向き合った。千結の顔は引き締まっていたけど、多分動揺している。そりゃそうだろう。1000年以上続いた家系が私の時代で終わるというのだから。
「最後の本家とはそのままの意味よ。私でこの家系は終わる。いえ、終わらせる。そのために表の舞台に出てきたの」
「それを闇のやつらに悟られないように、黙っていたということ?」
「そうよ。あまり分家は信用できないんだもん。いつ向こうに漏れるかわかったもんじゃない」
「私は言わないよ」
「うん、わかってる。だから言ったでしょ?元は口が滑った私が悪いんだけどね。でも千結もあまり表に出てないから大丈夫かなと思ったの。私に似ていると思ったし」
千結は泣きそうな顔になった。え、なんかやばいこと言ったかな?
「私、一番上のお姉さんの言うことちゃんと守っていたの。でも辛くて、毎日がいやだったの。こんな力があるから皆私から遠ざかる。いつも神の力がなければ、と思っていた」
「千結は神の力を継いだんだね?」
千結はうなずいた。神の力は月葉全員に与えられるわけではない。本家の者と分家の一部にだけ受け継ぐんだ。千結はそれに該当していて、なくなることを望んでいる。何かつらいことがあったのだろう。
「この家系を終わらせるということは滅ぼすということ。すなわち、神の力をなくすということよ?それでいいのね?」
ばっと、千結は顔をあげた。
「いいよ。それを望んでいたの。一番上のお姉さんも望んでいた。お母さんも望んでいたって言っていたわ。お兄さんたちも、弟も妹も言うと思うよ。だから分家は本家に力を貸すわ」
千結の言葉に引っ掛かりを持った。分家の皆が言っていた、ですって?
「お兄さんたちもって、皆それを望んでいるの?それはないでしょう?分家の父親とか、特に銚里(ちろり)なんかは」
「銚里兄さん?どうして?」
「どうしてって…」
お父さんを殺したから。私を殺そうとして、私をかばったお父さんを殺した。その人が神の力をなくすことを望んでいるとは思えない。千結は何故か、くすくすと笑い始めた。
「楓なら銚里兄さんだけじゃなくて、皆に責めるのかと思ってた」
「どういう意味?」
千結は悲しげに微笑んだ。
「だって、私たちは悪くもない楓を責めた。私だって一度しか会ってないけど責めたんだもの。覚えているかな?」
「『こんなに苦しいのは本家がいるからだ』だっけ?数年前だよね」
「そう。そのときは化け物といわれたから、苦しくて不安定だったときなの。今は反省している。今は、悪いのは本家じゃなくて、大昔に人間と恋をした神だと思っているの」
千結は苦笑して、また悲しげな表情になった。
「神、ね…私は恨むとしたら神の子かな」
「神の子供?どうして?」
やっぱり、言うと思った。神の子がどうしたか分家のものには知られていない。存在もあまり知られていないと思う。否、分家の長女なら知っていると思うけど。神の子がしたことを無にしたのは、神の子を慕う悪魔たち。そんな悪魔たちを作ったのは神の子。それらをわざわざ分家のものに言うつもりは無かったけど、やっぱり言わなければいけないと思った。
「詳しい話はまた後で、ね」
「…ねぇ、私の家についていく?話は、そこですればいい。皆お母さんを探して家にいないけど、隼人はいるの」
『6番目の子供で三男、隼人?』
「そう。あの子は月葉を疎んでも恨んでもいないけれど、協力してくれると思うの。お姉さんたちは協力してくれるかどうかわからないけれど」
「長女は協力してくれるよ。皮肉なことにね」
認めたくないけれど、一番頼りになるのは長女。そして一番私のことを嫌っているのも長女。
「母親はすぐに見つかると思って帰ってくるよ。長女は私を疑っているんだから」
私とセレナは学校をサボることにして、千結の家にいくことにした。分家の家は、月葉家の家で、もともとは本家が住む場所だった。だけど、私が小さいころにお父さんは私を連れて闇のやつらから遠ざかった。どうして遠ざかったのか、理由は知らない。そのころはまだ3歳ぐらいであまり記憶がない、といった方が正しかったのかもしれない。でもたまにこの家に帰ってきたし、離れた母親とも会った。そういえば、母親とはもう4年ぐらい会っていない。
家の中はあまり変わっておらず、裏にある川とか林とか、とても懐かしく感じた。
千結は隼人を呼びにいったが、もう学校を出て行ったあとらしい。今日は始業式だから早く帰ってくるよ、と千結は笑った。
「それで、裏にいた本家が表に出たのは本当に闇のやつらを倒すため?」
遅くなったけど、ここで説明しよう。闇のやつら、とは神の力を狙う、いわば敵のような存在。神の力はいろんなものがあるけど、闇のやつらは不死の力を欲しがっているらしい。そんな力を持つものなんていないのに、ご苦労なことだね。その闇のやつらの頭が、神に愛された男の人らしい。1000年以上生きているというのだから、不死なのだと思うのだけど、どうやらそうでないのだとか。これも理由を知らない。闇のやつらは謎の多いかたまりだからね。だって神の力を狙おうとしているけど、向こうだって神の力をもっているのよ?それも、てごわいやつばっか。いやになっちゃうわよ。
とりあえず、闇のやつらは今のところ、私だけを狙っている。どこかのお馬鹿さんが私の力を暴露したんだってさ。癒す炎が使える、ってね。ちなみにどこかのお馬鹿さん、とは神の子供のこと。この子も子供の姿で1000年以上生きているけど、不死じゃないらしい。ややこしいのよ。というより、本当に莫迦だね、って言いたいのよ。癒せても自然の摂理を外れることはできないんだからね。だから、不死なんて無茶なのよ。
千結はまじまじと私の顔を見た。セレナが説明すればいいのに、こんなときにどこかへと消えてしまっている。面倒なことはごめん、ってとこか。あとで懲らしめてやろう。
で、私が表に出てきた理由だっけ?
「闇のやつらを倒す、とはちょっと違うかな」
「え?でもそうじゃなければ、どうして表に出てきたの?」
「だから、最後の本家は私だって、言ったでしょ?」
千結は納得がいかないらしい。まぁ説明不足だもんね。
「千結は、闇やつらを倒せば神の力が絶えると思っている?そんなわけないでしょう?闇のやつらが神の家系に関わったとしても、それは間接的にってことでこの家系が滅びるわけじゃない」
「じゃあ、どうして?」
「一番最初に思いつくのはこれ。私たち本家と分家の全員が死ぬこと」
千結は目を瞠った。その気持ちは分かるわ。だからこの方法はしないわよ。
「これじゃ、長女が認めてくれないから却下なんだけどね。というか私もやりたくないわよ。死ぬのはいやだし、だいたい本家と分家を殺すといっても行方不明の人はいるわ馬鹿みたいに強い人はいるわ…だから安心しなさい。んで次に思いつくのは、神の力となる原因を探してそれを潰すこと」
「原因?でもそれって見つかるものなの?」
「そうなのよ、それなのよ!だから却下。頭を使うのが嫌いな私が必死で考えた最期の策はこれ」
千結が緊張したのがわかった。
「神を捜して頼み込む」
『ねぇ、本家が動いたんだって』
『え・・・?それは本格的に、ということですか?』
『そうでなきゃなんになるのよ、ねぇ?』
『俺に聞かないでくれよ』
『ひどーい』
『おぬしら、黙れ』
『・・・皆本家のこととかどうでもいいじゃない。ケタケタ笑うのはそこまでよ』
暗闇の間に、静かに佇んだそのヒトたちは、すぅっと空気を変えて真剣な表情になった。
『竺々(ささ)様がもうそろそろここに来るわ。その話になったら即、消えていなくなるわよ』
ふふっとその女性らしきヒトは笑った。
『竺々様の力、恐ろしいものねぇ。逆らえないもん。竣(しゅん)、一回竺々様と戦ってみて』
『嫌だ。いくら緋溟(ひめい)の頼みだとしても、それは無理だ』
『きゃははっ、そりゃそっかぁ!』
『うるさいってんでしょーが!』
『如珠(にょしゅ)、爆発。』
『そんな説明要らんわ阿呆!』
『風(フォン)ちゃん可哀想ー』
『ったく、誰のせいで・・・』
その瞬間、ピキッ、と音が聞こえた。そこにいる誰もが口を閉ざす。そして、後ろへ振り向いた。
『賑やかだったわね』
氷のような、やさしさのかけらもないような声が響いた。誰もそれに答えようとしない。
『ねぇ、何を話していたの?』
返ってくるのは、静寂そのものだけ。その場にいる誰もが気まずい気分に陥った。
ただ一人だけ。
『本家の話でしょう?』
ただ一人だけが。
『神の力をもつ本家の話でしょう?』
ただ一人だけが笑う。
『呪いのかかった私を苦しめた本家の話でしょう?』
高らかに笑う。
『ねぇ、私をめちゃくちゃにして苦しませながら殺した本家はどこ?』
赤い唇の端を、吊り上げて。