奏鳴曲/ソナタ
「セーレーナー、はやくしないと置いてっちゃうよぉ!」
久々の外。そう人の多くないところで私ははしゃいでいた。だって、久しぶりなんだもん。うれしくなるのはしょうがないの!
『あのね、人前でそんなに騒がないでくれる? 皆私のこと見えていないのよ? いい? 私は妖精で、
あなたは月葉家の最後の本家。私のことが見えるのは神の力を継ぐ月葉の血が流れている人だけ。
だから、あなたがそんなにはしゃいでいたら周りの皆はどう思う? あなたのこと、怪しく思うわよ? 何だ、この子は、って』
「どうだっていいじゃない、今更だし。私はもう普通の人には戻れないのよ? 怪しく思われたって、変に思われたって、
文句をいわれたって、私の勝手。私のすることにセレナが咎める権利なんかないんだから。
あと、さっきからあなたあなたって……気持ち悪いわね、名前で呼んで!」
はぁ、とセレナはため息をついた。その顔はしょうがないな、といわんばかりだ。
『楓(かえで)』
「なぁに?」
『学校にいくの、そんなに楽しみなの?』
私は思い切りうなずいた。当たり前じゃない、昔の私にできなかったことができるようになるんだから!
『でも、遊ぶために学校へ行くんじゃないのよ』
セレナは真剣な表情をした。
『あなたがこの暮らしから逃げたくとも逃げられなかったように、学校はそんな楽しいものではないの。
私たちが知るこの家系と同じように汚れていて、荒んでいる。そんな中に、あなたがもぐりこむのよ?』
「分家を探すためにね。わかっているよ、学校がどれだけ危険なものなのか。…大丈夫、
私は命をそう簡単に落とさないよ。たとえ分家のものが私を憎くて殺そうとしたって、私は憎まないし、殺さない。
分家は必要な戦力となるんだ。それを私が潰すようなことはしない。それは誓うよ」
私は正面からセレナを見た。多分、セレナもわかっていると思う。私はそんなへまをしないということ。
セレナに誓う前から、お父さんに誓っているんだもの。生半可な気持ちで学校へ行くわけじゃない。
セレナは前髪をかきあげた。といっても、セレナの前髪は長いからかきあげたとしても
あまり変わりないように見えるのだけれど。
『ではこれから何をするのか、もう一度思いなおして。それをまっとう出来るのなら、私はもう何も言わない』
私はうなずいた。
「私はこれから分家のものをひとりずつ捜す。捜して、一緒に闇のやつらと戦うように求める。でしょ?」
『分家がそう力になるのか私にはわからないけど、探す価値はあるでしょうね』
そういいながらセレナは苦笑した。分家はそんなに弱いのだといいたいのかしら?
でも弱かろうがそんなことは気にしない。だって本家があってこそ、分家があるものなの。分家は本家に逆らえない。
本家とはつまり私のこと。だから、私には逆らえない。
『楓の思っていること、よぉくわかるわ。分家は力になるかどうか考えていたのでしょう?
…多分皆あなたの言いなりになるわよ。楓からの印象はどうなのか知らないけど、
あの子達はもともといい子だったのよ』
セレナは遠い目をした。私は知ってる。このときのセレナは昔を思い出しているんだ。
セレナの昔はどうだったのかは知らない。気付けば妖精になっていて、私を見守ってきているみたい。
でもこの家系の関係者であることは明らか。それもかなり最近の月葉家の人なんじゃないかって私は思っている。
謎の人物で、その本人も自分のことがよくわかっていないようで、でも私は信頼している。
心配性だし、口はうるさいけど危ないときにはちゃんと忠告してくれるのだ。
『学校にいったら、分家の三女を捜してみなさい。あの子がきっとあなたに一番近いでしょうから』
「え?」
『…え?』
聞き返した私に驚いてセレナは私の言うことを鸚鵡返しにしていた。いや、私も驚いているんだけどね。
「セレナ、一緒に探してくれるんじゃないの?」
『あ、あたしも?』
セレナは狼狽していた。どうしてだろう。そんなにたじたじになること無いのに。
「行かないと、誰が誰だかわかんない」
『行ったら楓は変人扱いされるわよ? 今もちょっとやばい目で見られているし』
周り? そんなのにいちいち気にかけることないでしょ。確かに、肌で感じている視線は痛いけど。
「いまさら」
『そうだね…楓のためでもあるんでしょうね』
セレナはしぶしぶ納得してくれた。多分、私の心配じゃなくて何か違うことでいくのが嫌じゃないかと思う。
だってそんな感じがするのだもの。でもそれは気にしない。それはセレナにとってタブーであるはずだから。
記憶がほとんどないはずの、セレナのタブー。私はそれを振り払って明るく答えた。
「じゃ、行こうか。戦場に」
実際学校で戦場になったら困るんだけどね。
『くるよ』
一番上のお姉さんはそう呟いた。何が『くる』のかといえば、それは本家。
一番上のお姉さんがそういう風な言葉を使うのは、本家であるはずのあの子だけ。
私はあまりその子を覚えていない。というのも、一番上のお姉さんが会わせてくれなかったから。
そのときは会わなくてもなんとも思わなかったからそのことにあまり執着を持っていなかった。
そして、今もあまり関係ないことだと思っていた。
でも一番上のお姉さんは私に向かって『くる』といっていた。私に関わろうとしない一番上のお姉さんが、だ。多分、これからは私に関わってくるのだろう。いや、多分ではなくて絶対。別に、関わってきても、私としてはどちらでもいいんだけど。私はあまり感情を持たないようにしているから、会ってもあまり話はしないと思う。だからその子についてはどうも思っていない。
だけど、一番上のお姉さんが私に『くる』と呟いたとき、嫌だな、と思った。何が嫌だったんだろう。それはわからなかった。あの子がくるのが嫌なのか、一番上のお姉さんが呟いたのが嫌だったのか、どうでもいいと思った自分が嫌だったのか。
わからない。
そんなささいな自分のことでさえ、わからなくなってしまった。その原因はわかる。でもそれはどうして、どのようにして性格に出てしまったのかわからない。いつからこのようになっていたのか。自分のことは、自分のことなのにわからないことだらけ。
自分はあまり信用できない。
でも、一番上のお姉さんは信用できた。どうしてかわからないけれど、多分説得力があったのだと思う。だけど、それも今日の朝までの話。朝、嫌だと思ったのは、もしかしたら一番上のお姉さんの言葉だったのかもしれない。そう思うと自分がすごく嫌になった。それと同時に一番上のお姉さんも嫌になった。もちろん、本家のあのこも。もう、嫌なことだらけ。まるで『嫌』という名の海におぼれているかのよう。そしてだれも助けてはくれない。だってだれも浜にいないんだもの。…ううん、二人はいる。一番上のお姉さんと本家の子。でも助けてはくれない。浜で片唇だけ吊り上げて笑っている。二人とも、だ。私は不意に悲しくなった。やはり、誰も私を助けてはくれないのだ。私は負のエネルギーがたまった『嫌』というたくさんの海水を飲み込む運命なんだ。海水は飲み物じゃない。むしろ、人の命を脅かすもの。だから私は徐々に命を吸い取られるんだ。
でも、それは無理。私はそう簡単に死ねない。だって、分家の中でいろいろな意味で一番飛び出してしまっているんだもの。きっと、苦しみながら死んでいくんだ。
そうなったのは誰のせい?
何回も考えた自分に対しての問い。
昔は本家のせいにしていた。本家の存在があるから自分はこんなに苦しかったんだ。そう導いてくれたのは怪しい雰囲気を出していた爪の長い女の人と侍のような格好をした男の人と、おかしな格好をした、たぶん男の子だったと思う。あまり覚えていないけれど、そんな風な感じだった。本家のせいでこうなったんだよ、本家のせいであなたの運命は変わったんだ、だから本家を恨みなさい、私たちの仲間になりましょう、と囁かれるように言われたんだと思う。そのとき、私はなんと答えたのか覚えていない。
けれど、本家のせいじゃないことをそのときに気付いたのだと思う。そうでなければ本家を、今も疎んでいることになるのだから。あの子のせいじゃない。今はそう思う。
では何のせいなのだろう。
きっと、この家系のせい。この家系は神の家系といわれた。だから、私は神を恨む。ただただ、神を恨んで今を生きている。
私は、人間になりたかったんだ。
静かな校庭。生徒たちはまだ登校していない時間だ。でも、分家の臭いがする、とセレナは言った。
「わかる? 三女の気配」
『…話しかけるな、と何回言ったかしら。確かこれで23回目だわ』
いちいち数えなくてもいいって!だいたい人いないでしょ、ここらへんに!心の中でそう叫んでセレナを睨んだ。
直ぐに睨み返されちゃったんだけど。
『そう簡単に見つかるわけ無いじゃない。今の姿になってから力を思うように発揮できないのよ』
「ふぅん」
今の姿、とは妖精の姿なんだろう。人間のときはもっと効率よく人を探せたというのだから、
もどかしいといったらない。
『それより、「しょくいんしつ」とやらにはいかなくていいわけ? 「てんこうせい」はまずそこに行くのだと聞いたわ』
「…誰に?」
『そりゃ夢の中の不思議な人よ。』
「あ、そ」
『乗り気じゃないわねぇ。昔はよくどういうい人かしつこく聞いてきたのに』
「その不思議な子が女の子だとわかってからは興味は失せました。私だって年頃の女の子なのよ。思春期真っ最中の15歳の乙女。普通の乙女じゃないけどね」
セレナは半目でこちらを睨んだ。何よ、だってその通りなんだもの。
『男だと興味を引かれるものなの? 最近の若い者はよくわからないわ』
「あ、おばさんみたいな言い方。セレナ、本当の年がわからないのだけど、だいたい40代ぐらいじゃないの」
『あながち、外れていないわ。でも今は人間の体を捨てて妖精の身なの。年は放っておいてくれない?』
セレナの言い方に、私は首をひねる。
「セレナ、自分の年わかるの?」
『記憶がないといっても一部分だけよ? 大半は覚えているわ。私はどこの誰かだったかも』
「初耳」
そりゃそうよ、初めて言ったんだもん。セレナはすました顔で平然と言った。
私はなんとなくむっときた。どうして教えてくれなかったんだろう。きっといえない事情があるんだろうけど、
気になる。
セレナは片手をあごに当てた。
『不思議な人のことだけど、女といっても姿だけなのよ。声は声変わりした男性のものだったし、身振りもそんな風な感じだったわ。言い方としては本当に女なんでしょうけど、……なんだかよくわからない人だったわ』
「そういうのを変人というのよ」
『私の夢にけち付ける気? 不思議な人、で終わらせたっていいじゃない』
けちつけてないけどね。ま、セレナの勝手なんだろうから私はもうあえて何も言わないことにした。
不意に、ガサリ、と音がした。きっと誰かが私のこと変に思って隠れていたんだろうと思う。だから私は慌てずに後ろに振り返った。振り返った先は、鶏に餌をあげていたのだろうか、ミミズを何匹か素手で持っていて、優等生らしく眼鏡をかけて髪は二つ縛っている。長い髪は腰ほどまであったのだけど、優等生らしいからといってみつ編みにはしていなかった。スタイルのよさげな女子生徒だ。うらやましい、じゃなくて。
「え、と。誰かな?」
優等生らしき彼女は首をかしげて私に問いかけた。そりゃ、そうだろう。こんな朝早く学校に来るなんてばかげているから。だってまだ六時よ。先生も来ていない人のほうが多いだろう。
彼女は健気にそう聞いてきたけど、顔は引きつっていた。何でだろうと思ってセレナを見ると、こちらも同じような顔をしている。あれ、と思った。
「何、セレナ知っている人?」
『そりゃ、そうなんだけど…』
そして眉をひそめ、声を低くした。
『分家の三女だね。名前は千結(ちゆい)』
とたんに彼女は真っ青になった。彼女が分家のものだとわかるには一目瞭然だった。というか、セレナの声が聞こえているのかしら?聞こえていないとそんな風な顔にはならないけど。
「あなたが、分家の三女だね?」
彼女、千結は目をつぶり、また開いた。先ほどの驚愕の表情はなくて、ずいぶんと落ち着いたようだった。
「そうよ。あなたは、本家なんでしょ?あなたの名前は知っていたけど、忘れてしまったわ。…何のために来たの?お姉さんたちやお兄さんたちから聞いたわ、本家は今隠れているって。闇のやつらに見つからないように、って。それなのにこんなところに来たらその努力がすべて無駄になるんじゃないの?闇のやつ等に見つかったら殺されちゃうよ。力を吸い取られて、無残に、残酷に、ね」
「三女って言うから温厚かなぁと思っていたんだけど、かなり厳しいね。現実を見なきゃいけないって、今思い知らされちゃったわ」
ふふ、と笑ってやった。挑発しているわけではないけど、自然にそんな風な行為が出てきたのだ。ちょっとだけ罪悪感はある。でも向こうの態度があんなふうなのだからこちらも対抗すべきかと思ってのこと。
「忘れてしまったのならもう一度名乗りましょうか?」
右手のこぶしを胸に、右足を少し下げ、礼をした。
「たった一人の月葉家の本家、楓。最後の本家として表の世界に出てきたの。そのために、分家の力を借りようと思って」
千結は目を丸くして、私をまじまじと見た。
「最後の本家? …どういうこと?」
「あ」
やばい、つい本当のことを言ってしまった。最後の本家で、月葉を滅ぼそうとしていることは分家のものに言ってはいけないんだ。セレナと約束したんだから。そのセレナは私のお父さんと約束したって言うんだから、結局はお父さんと約束したってことになる。破ってはいけない。死人といつまでも約束を守るのはどうかしているけど、これはこの家系の未来にかかっているんだからなんとしても守らなくてはいけない。
セレナは私を睨んでいた。ごめんなさい、すいませんと心の中で一応謝っておく。今ならごまかしがきく。やるなら、今しかない。自然を装って話が合うように続けた。
「闇のやつらに対抗するの。私ひとりの力じゃ無理でしょ?だから力を貸して欲しいの」
「…最後、というのは?どういう意味なの?」
「…つまり、たとえのことで…」
あぁ! もどかしい! 何なのよ、たとえ、って。何をたとえてんのよ! 話術に長けていないんだ、私は。いや、話術がどうとかそういう問題じゃないけど、日本語は正しく使わなきゃいけないなぁと何故か今思っている。何とか祈って紛らわすしかあるまい。
私は手を思いっきり振って否定した。でも千結は見逃してくれなかった。
「嘘吐き。本当のことを言って」
やっぱりね、無理だったのさ。というか、墓穴掘ったことに今気付いた私は馬鹿さ。背中に痛いほどセレナの視線が刺さるけど私はそれに気にかけれなかった。ちょっとしたショックを受けているのよ。
千結は私が落ち込んでいることを無視して話し続けた。
「この家系を、月葉をなくしてくれるのなら、私は手伝うよ。死んでもいい。…だから本当のことを言って」
悲しげな目をして、訴えるように。私はそれを聞いて驚いた。もちろんのこと、セレナも。